さまよえる合宿(葛原妙子『葡萄木立』ほか)
恐ろしくも楽しい、さまよえる合宿
さまよえる歌人の会では、毎年9月に合宿を開催しています。通常の勉強会は4時間弱+飲み会ですが、合宿は30時間以上。ならば、普段できないことをみっちりやろう!去年とは違うことをやろう!というわけで、毎年あれこれ詰め込むため、合宿が終わるころには皆、目が虚ろです。
参考までに、過去の合宿のメニューをざっと書きだしてみます。
2007年 岡井隆合宿
- 開催地:箱根・強羅
- 参加人数:6名
- 内容:岡井隆の歌集を年代順に6冊読む(一人一冊担当)
- コンドミニアムに泊まり、カレーとサラダをみんなで作る(油を買い忘れ、サラダ用に持ち込んでいたクルミから油を取る試み)
- 深夜2時まで歌集を読み、その後4時まで「ごきぶりポーカー」に興じるという鬼スケジュール。2日目の朝に石川が発表する頃には皆半分くらい寝ており、Gさんに「ミナさんの声、α波出てるから」と、平然と言い訳される
- カープファンのT村さんと、前田2000本安打達成を祝う
2008年 昭和31年の歌集&歌合わせ
- 開催地:九十九里浜・白子
- 参加人数:11名
- 内容:昭和31年に出版された『相良宏歌集』、岡部桂一郎『緑の墓』、塚本邦雄『装飾楽句』、富小路禎子『未明のしらべ』を読む。翌日は3チームに分かれて歌合わせ
- 1日目に東京駅で集合した後、くじ引きでチーム分けし、翌朝までに歌合わせの詠草を準備。各チームのリーダーは負けず嫌い(と石川が判断した)M森さん、Dさん、T田さん
- 夜12時過ぎに海へと繰り出し、盛大な花火大会。公道にねずみ花火を放つK瀬さん
- 朝5時半までホテルのロビーで辞書を引きながら短歌を作っていたM森さん、翌日の歌合わせで一人勝ち。一方、完敗の石川は悔しさのあまり寝込む
2009年 セレクション歌人セレクション&吟行歌会
- 開催地:吉祥寺、荻窪
- 参加人数:18名
- 内容:邑書林の「セレクション歌人」シリーズから『大塚寅彦集』『藤原龍一郎集』『江戸雪集』を読む。吉祥寺吟行歌会
- 1日目午前は吟行。井の頭公園、焼き鳥
- 荻窪の「旅館西郊」に泊まる。昭和で時が止まったような空間
- 夕食後にどしゃぶり、傘が2本しかなく途方に暮れる。当時ご近所にお住まいだったM野さんが自宅からありったけの傘をもってきてくださって、何とか傘リレーに成功
- 2日目午後はオプショナルツアーとして、荻窪散策と連句
2010年 茂吉&登山吟行
- 開催地:富山
- 参加人数:23名
- 内容:斎藤茂吉『赤光』『白き山』を読む。登山吟行
- この年のみ2泊。富山某所の通称「からん寺」に泊めていただく。地元のT島さん、Sさんや『弦』メンバーも参加して、賑やか
- 1日目の夜は城端むぎや祭へ
- 2日目、バスをチャーターして立山室堂散策。午後、「10分でわかる茂吉年譜」、『赤光』、「10分でわかる茂吉歌集の変遷」、『白き山』。夜、いただいたお魚や白海老が死ぬほど美味
- 3日目、吟行歌会
- 体力的にはこの年が一番きつかった(山登りがあったから)。
- 巨大な一枚の紙に全員で書いた短歌は、その後お寺に飾っていただいているとのこと
2011年 中部の歌人&連作歌会
- 開催地:岐阜
- 参加人数:11名?
- 内容:岐阜観光、永井陽子『樟の木のうた』、春日井建『白雨』を読む、連作歌会
- この年は岐阜のN口さん、名古屋のY川さんによるプロデュース。また、この年辺りから学生の合宿参加が始まり、学割を導入
- 長良川、岐阜城など散策
- 鮎の塩焼き
- 2日目は8~20首の連作を持ち寄って歌会
2012年 80首詠
- 開催地:沼津、戸田、修善寺
- 参加人数:11名
- 内容:鈍行列車と船とバスで移動する〈80首詠〉
- 沼津港深海水族館、若山牧水記念館、修善寺などを回り、30時間で各自80首作る(100首詠にしようとしたところ「無理!」という意見が相次いだため、20首オマケして80首詠に)
- 80首でいいのに楽々と120首くらい作っていたO沼さん
- 修善寺で「今、私はテンションが上がっていますよ?」と静かにはしゃぐI井さん
- 2日で3kg痩せた
2013年 『昭和短歌の精神史』をじっくり読む(+三浦半島観光)
- 開催地:三浦半島
- 参加人数:12名
- 内容:三枝昂之『昭和短歌の精神史』を事前に読み、「飛行詠と自由律の興亡」「昭和15年の歌集について」「開戦の歌、終戦の歌」「『山西省』を読む」「竹山広の歌」「2013年に『昭和短歌の精神史』を読むということ」のテーマに沿ってレポート
- 2日目午後は三崎から城ケ島に渡り、北原白秋記念館を見学。城ケ島灯台の特別観覧
- 回転寿司の地魚が絶品
- 三崎のマグロコロッケも絶品
- 意外にもごきぶりポーカー激弱のY木さん
- Y川さんの「太鼓の達人」が本気で観光客どよめく
さて、なんとなくテンションの高さが伝わったでしょうか。私はこうして簡単に書き出しただけでも、ハードな思い出の数々が蘇ってきて、若干泣きそうです。
短歌でトライアスロン
これを踏まえて、2014年は何をするか。いろいろ考えましたが、
- 葛原妙子勉強会
- テーマセッション(今、短歌に欲しいもの)
- 宇治吟行歌会
の3種に挑戦、というトライアスロン的な内容にしてみました。
開催地は京都宇治「亀石楼」、参加者26名(過去最多!)。東京、神奈川、愛知、京都、大阪、石川、愛媛と、あちこちから人が集まりました。年齢も、所属も、短歌を始めたきっかけも異なる人たちが一堂に会する2日間で、正直言って蓋を開けてみるまでどんな雰囲気になるのか全く想像もつきませんでしたが、それぞれの立場を尊重しつつ、各々自由に楽しんでもらえたのではないかと思っています。
テーマセッション「今、短歌に欲しいもの」では、
- 若手のアンソロジー
- 評論データベース
- 縦書きで短歌が作れる携帯メモツール
- 市場
- 斉藤斎藤さんによる入門書
- 他ジャンルとの交流
- 洞窟探検吟行
- 論敵
- 執念
などなど、様々な角度からの意見が飛び交いました。宇治吟行は、平等院鳳凰堂や宝物館、宇治川、宇治抹茶ソフトなどを堪能した後、M潴さんが美しい手書き文字でまとめて下さった詠草を元に歌会。充実した吟行歌会になりましたが、詳細は省略(当日参加した人だけのお楽しみ)ということで、ここでは、葛原妙子勉強会の様子をお伝えしたいと思います。
このパートでは、葛原妙子の歌集『葡萄木立』と、評論「再び女人の歌を閉塞するもの」を読みました。『葡萄木立』のレポーターは大森静佳さん(塔)と鷺沢朱理さん(中部短歌)、「再び女人の歌を閉塞するもの」のレポーターは松澤俊二さん(pool)でした。
『葡萄木立』~魔女への道
『葡萄木立』は1963年刊。葛原妙子の第6歌集です。
- 口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも
- 晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて
- 美しき信濃の秋なりし いくさ敗れ黒きかうもり差して行きしは
といった歌は、葛原妙子の代表歌として記憶している人もいるでしょう。
レポーターの大森静佳さんは葛原妙子の変遷について、「第5歌集『原牛』から自分の歌を掴み始め、第7歌集『朱霊』で完成された。『葡萄木立』は良い意味で未完成で、混沌としている」と整理します。そして、『葡萄木立』の歌に、斎藤茂吉の文体や、森岡貞香の身体性、寺山修司の視点、前川佐美雄のシュールレアリスム的手法など、多角的な摂取の跡を認めています。
「葛原妙子は(主に男性歌人から)幻視の女王、魔女と呼ばれたが、実際はどうなのか」と考えた大森さんは、葛原の特徴として、「秩序への志向」というキーワードを立てました。
- 雪と雪のあひにはさまりし夜の歩廊暗黒の霊走りゆき交ひぬ
- 人々はむきむきに線となりゐたり霞あるかすけき街に散らばりて
たとえば、1首目の「はさまりし」や2首目の「線となりゐたり」からは、風景をパズル的に把握する、理知の効いた視線が感じられます。葛原妙子は本質的には、このように秩序を志向するタイプであり、生まれながらの「魔女」ではなかったのではないか。しかし、同時代の歌や言説を踏まえ、すごいパワーを使って魔女=反写実、幻視の作風を確立していったのではないか、と大森さんは考えています。
そうして獲得されたのが、物事を凝視し、原不安(根源的な生の不安)を描く次のような作品。
- 水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき
- 白線は冬の坂より流れをり無数のくるまともに流れをり
- 絹よりうすくみどりごねむりみどりごのかたへに暗き窓あきてをり
「原不安」という言葉が使われている、
原不安 といふはなになる赤色 の葡萄液充つるタンクのたぐひか
については、「『なになる』と問いを立てるところが葛原妙子の特徴。塚本邦雄なら断定する」と比較されていて、なるほどと思いました。
大森さんはまた、『葡萄木立』に75首ある直喩の歌、たとえば、
- 冷えし眸しばらくたちどまりたり城のやうなる菊にありしが
- 暗き岬に暗き椿の咲きなば燃ゆる吃音のごとくあらじか
について、「アララギに対抗するため直喩に意欲的だったと思うが、あまりうまくいっていないのでは。現代の歌の直喩とは異なり、本人のイメージの連鎖になっている」と批評。「AのようなB」という形の場合、Bという出来事や物を明確にイメージさせるためにAという比喩が使われるのが一般的ですが、これらの歌ではAもBもイメージになっていて、一点に収束していかない、ということでしょうか。直喩が成功している例としては、
- 美しき雲散らばりしゆふつかた帝王のごと機関車ゆけり
が挙げられていました。
『葡萄木立』~色彩感覚と韻律
2人目のレポーター・鷺沢さんは、葛原妙子の作歌の特徴として、9つのポイントを挙げています。
- マイナスイメージのものを比喩や対比に利用してイメージの飛躍を伴わせる
- 色彩コントラスト術(色の明暗・色の軽重・色の寒暖など)
- 無機質に美をみる(黄金・機関車・銀・ネガフィルム・硝子・鏡・ダイヤなど)
- おもに三句欠落(字足らず)・大胆な破調(字余りも多い)
- 一字空けの多用
- 聖書や音楽、美術、世界史などの教養を多く取り込む
- 球形(円形)畏怖・球体幻視願望および拡散流出畏怖、間隙恐怖
- 大胆な異説・仮説の提示(~にあらずや、異説のあらば~、~となるべきなど)
- 斎藤茂吉作品からの摂取
このポイントを踏まえた上で、具体的な歌を取り上げ、丁寧に解説していくスタイルでした。鷺沢さんのレジュメから、そのまま幾つか引用します。
- 美しき雲散らばりしゆふつかた帝王のごと機関車ゆけり
→ 破調がなく調べもよい。機関車が雲を蹴散らして進む。雲=白、機関車=黒の対比。「ゆふつかた」という語の置き方もよい。 - 口中に一粒の葡萄を潰したりすなはちわが目ふと暗きかも
→ 葡萄が眼球に例えられていることで詩的飛躍がうまれる。球体恐怖の歌。すなはちという措辞が卓抜で、「たり」で切れる三区切れにも切れの鋭さがある。 原不安 といふはなになる赤色 の葡萄液充つるタンクのたぐひか
→ 「私も葛原はむしろ無神論者に近かっただろうと思う。それゆえ、救われることなく「原不安」を見つめるほかなかったのではあるまいか」(川野里子『幻想の重量』)
→ 「作者は原不安の形象として、潰された葡萄の赤い液が充満しているタンクを見てしまったのだ。数限りない葡萄の球の崩壊の代償としてそこにある、赤色の液のおそろしさ」(水原紫苑『名歌名句辞典』)
→ あかいろではなく、漢語で「せきしょく」と言ったことがタンクの固さや破砕される葡萄の圧力を感じさせる、無機質な響きがある。調べというより響き。
→ 一時空けに不安感を込める。- いまわれはうつくしきところをよぎるべし星の
斑 のある鰈を下げて
→ 「「うつくしきところ」とは、いかなる次元なのか、一言も触れない」(塚本邦雄『百珠百華』。短歌ではこういった抽象は控えられるが、むしろこの作では生きている。
→ 塚本はこの鰈は「星鰈」ではなく、「星達磨鰈」が美しい斑を持っていると指摘。 - メロンの
果 光る匙もてすくひをりメロンは湖 よりきたりし種 ぞ
→ 突飛な断定による詩的飛躍がある。メロンは諸説あるが、北アフリカやアラビア原産で湖原産ではない。しかし湖を掬い上げて食べるような瑞々しさにあふれている。
テーマや時代性が中心だった大森さんの発表に対して、鷺沢さんはキーワードとなる語彙や韻律を中心にしていて、視点の違いも面白かったです。
豊かなイメージと独特の韻律
フリートークで出た意見を箇条書きにします。
イメージ
- 背後に不安がある。オブセッションを大切にしていた
- 一つの文化を別の文化と置き換える(日本の蔵王と聖書のイメージなど)
- 「水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき」は、出エジプト記のモーゼが海を割るシーンが念頭に置かれている
→ 川野里子『幻想の重量』では魚=イエスのシンボル、閉じた水=救済者に救われなかったものの世界と読み解いている
→ 吉川宏志は発見の歌として読んでおり、自分もそういう感じで読んだ。視点の使い方が特徴的 - 結構外に出かけている
- えぐみがあるが、日常のふっとトボけた部分も掬い取っている
厨 の感覚が意外とプラスに働いている- 方法論がわかる。ゴールが明白で補助線が引きやすい(←→山中智恵子)
時代性
- 結社「潮音」の指導のあり方も考える必要がある
- 戦前の文体から理知的に学び取った
- 「○○からの影響」を考えるときは、距離感が大切(AがBの影響を受ける/Bを突き放そうとする、両方の作用がある)
韻律
- 韻律にのりきれない。57577の美しさを逆説的に感じる
- 破調読みづらいが、立ち止まらせる効果がある
「私の好きな一首」コーナー
「私の好きな一首」コーナーから幾つか引用します(矢印以下は選んだ人の一言コメントです)。
- lossの悲哀ふともおそへる 一壜のオーデコロンにみ冬の光
→ きゅんとした(あまり葛原っぽくない歌) - 青蟲はそらのもとにも青ければ澄むそらのもと焼きころすべし
→ 理不尽な残酷さを歌として提示している
→ 嫌いなものをまじまじ見てしまうタイプ? - 池水の
湛 たひらに澄むところ魚の芯に月光めざむ
→ 理知の歌 - 銀髪を磨るごとき音絶えざりき
遠近 に風雪の硝子光れる
→ 二度見した。ともすれば陳腐になりがちな、一昔前の少女漫画(ベルバラなど)のような感じだが、比喩が効いている。 - 青き木に青き木の花 繊かき花 みえがたき花咲けるゆふぐれ
→ 萌えた。一つの大きなものに統制されていくイメージ。これぞ花だなあ、と - 葡萄の木に葡萄粒なし くさはらに蟲は流星のごとく飛びゐき
→ イメージの強さ、同じ言葉の畳みかけ - わが
額 に月差す 死にし弟よ 長き美しき脚を折りてねむれ - 盆地に雲充つるけはひ暗黒の葡萄液美しきシャムパンとなるべく
- わが在るは空の雪原と気づけるに凍りし
一樹 かたはらに在り
「再び女人の歌を閉塞するもの」
評論レポートについては、松澤俊二さんによる発表がすばらしかったため、特別にレジュメをそのまま公開させていただくことにしました。
[PDFファイル]:葛原妙子「再び女人の歌を閉塞するもの」を読む/松澤俊二
フリートークは、
- かっこいい!
- 痛快!
- 近藤芳美への批判をリアルタイムでずばっといったのがすごい
- 近藤芳美への反論としてでなく、歌の本質論として読むのが良い
と盛り上がりました。
『葡萄木立』と「再び女人の歌を閉塞するもの」は、どちらも国文社の『現代歌人文庫 葛原妙子歌集』に収録されていますので、興味にある方はぜひご覧ください。
というわけで、濃厚だったさまよえる合宿2014を、駆け足でご紹介してみました。以下、ほぼ内輪ネタですが、
- 行きの新幹線でおせんべいを一籠差し入れてくれたM田さん
- 自己紹介のとき発表した「私の好きな食べ物」が「漬物」「きくらげ」「ほたるいか」「米」「ミョウガ」「味噌」「酒」「つまみ」「柿の種」と激渋
- 松澤さんの発表にメロメロのT口さん
- 宇治川の鵜舟
- 全員の残りものをぺろりと食べきったS木さん驚異の胃袋
- 深夜のK瀬さん独演
- 深夜の百人一首(A級選手M潴さん相手にO森さん健闘)
- 深夜のY城さん
- 快晴の平等院鳳凰堂
- Y岡さんが教えてくれた九相観図
- 吟行中どこからカメラを向けても良い笑顔でピースしてくれる羽根と根コンビ
- 歌会中、雲中供養菩薩が憑依していたT居さん
- 2日間、心の中で院生のふりをし続けてくれたM武さん
- 宇治駅に帰る途中で見た虹
なども印象深いです。
今年はどんなメニューになるのかまだ決まっていませんが、また何か面白いことを考えたいと思います。興味のある方は、どなたでも。ぜひご参加ください。
さまよえる歌人の会へのご参加・お問い合わせは、石川美南 shiru@m13.alpha-net.ne.jp まで。連絡用のメーリングリストをご案内します。
次回以降のメニューは、
2月28日(土)17時半~:池田はるみ『奇譚集』
3月28日(土)13時~ :花山周子『風とマルス』
です。