ショートソングはよく歌う<前編>
『ショートソング』(原作:枡野浩一/漫画:小手川ゆあ、集英社)は、同タイトルの小説を原作とする漫画作品である。2007年に「スーパージャンプ」(集英社)に連載され、コミックスは全2巻が刊行された。
漫画版『ショートソング』は、短歌が出てくる他の漫画と比べて際立った特徴がある。歌の登場頻度がとても高いのだ。
基本的に、漫画作品に登場する短歌は1話(数十ページ)に1~2首というケースがほとんどである。短歌の登場回数が多くなりやすいのは、歌人や歌集などをテーマにしたときだ。これらの作品での歌の登場頻度を『ショートソング』を含め比較した結果を下に示す。
単純計算ではあるが、『ショートソング』では5ページに1回の割合で短歌が登場していることになる。他の漫画より高い比率だ。ただしこれでは読者にとっての印象(短歌の登場頻度が高いか低いか)と一致していないかもしれない。なぜなら『ショートソング』は、連作という形で複数の歌が一度に登場するケースが多いからだ。ひとまとまりの歌群として登場する場合でも、一首だけ登場する場合でも、読者にとっては〈短歌〉が1回登場したものと感じるだろう。そこで図1では、登場回数ではなく短歌が登場したページ数で頻度を計算した値も集計している。差は縮まったものの、8ページ以内に1ページと『ショートソング』の短歌登場頻度はやはり他作品より抜きんでているようだ。
この理由としてまず挙げられるのは、原作小説の短歌登場回数の多さだ。小説版『ショートソング』の短歌登場回数は122回に上る。これに対し漫画版の登場回数は86回。多いとはいえ30%は間引かれたことがわかる。
しかしいくら原作に短歌が多いからといって、ここまで短歌の登場回数が多くなるだろうか。例えば『トリアングル』は、原作小説での短歌登場回数81回に対し漫画での登場回数28回と、65%もの歌がカットされている(*1)。『サラダ記念日』は原典の歌集(434首収録)を、『晶子の反乱 ―天才歌人・与謝野晶子の生涯―』は与謝野晶子の全作品(数万首と言われる)を参照しているにもかかわらず、短歌登場数は『ショートソング』に及ばない。
したがって『ショートソング』で短歌の登場頻度が多くなる理由は、まだ他にありそうだ。その理由について、ここで一つの仮説を立ててみたい。
- 〈仮説〉
- 漫画において、短歌が登場する頻度には、制作者が適正だと考える上限値がある。しかし『ショートソング』は、制作者がなんらかの工夫を施すことで、上限値が他の漫画よりも高くなっている。
以降はこの仮説が成り立つかを検討していこう。まずは作品で短歌がどう扱われるか、実例に即して考えてみたい。
〈ウィット〉の効いた言い回しとしての短歌
『ショートソング』は、才能ある短歌初心者で童貞の国友克夫と、短歌賞受賞歴もあるプレイボーイ伊賀寛介の二人の青年を主人公として展開する物語だ。ここでは国友の詠んだ短歌が登場する場面を見てみよう。
- 一人きりサーティワンの横で泣き ふるさとにする吉祥寺駅 ――国友克夫
第7話の最終ページ、つまりオチに相当するこのシーンの印象は、他作品(漫画以外も含む)に多く見られる「オチで語り部が登場して上手いことを言う」おなじみの場面によく似ている。
図3・図4に示した場面の台詞は〈ウイット〉の効いた言い回しと呼ばれるものだ。それはオチに限らず、作品の冒頭や中盤で出てくる場合も多い。ジョーク、とんち、洒落の類は観客の緊張感を和らげ、観劇の楽しみにつながる。特に〈ウイット〉は、滑稽味というより知的な味わいで物語に華を添えるもので、特徴をまとめると次のようになる。
- 〈ウイット〉の効いた言い回しの構成要素
- 1.抽出 … その場面の主題を象徴するようなキーワードを抽出し、用いる
- 2.転換 … 1のキーワードを使いながら、視点を変えるなどして、それまで描いてきた主題とやや異なるメッセージに転換する
- 3.簡潔 … 可能な限り短い量でまとめる
- 4.修辞 … 音韻、対句、比喩、パロディなどレトリックを用いる
これらの要素はどんな働きをするか。まず要素1「抽出」は、ある場面の主題を強調したり補足説明したりする。ただし要素2「転換」があるので、表向きは主題を軽くなぞるだけである。しかしそれによって、かえって語られなかった主題を読者に感じさせるだろう。また要素2「転換」~4「修辞」を満たす言い回しは、発話者の創造性や知的能力を感じさせる。場に即し、かつ知性あふれる言い回しを添えられる機知、それが〈ウイット〉である。聞き手が語り手の言葉に〈ウイット〉を認めるとき、その場に興が生まれるのだ。
図2に示した『ショートソング』の一場面も、〈ウイット〉の効いた言い回しで話を締めたものと解釈できる。語り部が誰かという問題はひとまず置いておいて、短歌の内容を分析してみよう。吉祥寺は物語の舞台であり、主人公が失恋するまでの一連のエピソードに深く関わっている。「吉祥寺」というキーワードを抽出しつつ、それを〈ふるさとにする〉と捉え直す発想の転換がここにはある。失恋をただ悲しい事件と見なすのではなく、今後の自分の生き方を左右するような出来事として肯定的に考えようとしているのだ。
短歌は〈ウイット〉の効いた言い回しになりやすい?
一作品での登場頻度を考慮しなければ、短歌を〈ウイット〉の効いた言い回しとして用いるのはポピュラーな方法である。この理由として挙げられるのは、短歌形式と〈ウイット〉の効いた言い回しとの相性の良さだ。短歌は三十一文字であるから、要素3「簡潔」には確実に適合する。また少なくとも五七五七七の音数律、加えてたいていは他のレトリックを含むので、要素4「修辞」にも合致する。あとは物語が進行するなかで、ある場面の前後に登場しかつ主題を象徴するようなキーワードを含んだ短歌をピックアップすれば要素1「抽出」は満たせる。主題と歌のメッセージは一致している必要はなく、むしろ多少ずれている方が要素2「転換」を満たしやすいのだ。
『ショートソング』に限らず、冒頭に挙げた『晶子の反乱 ―天才歌人・与謝野晶子の生涯―』『サラダ記念日』『トリアングル』でも短歌は物語のなかで〈ウイット〉の効いた言い回しとして登場する。どうやら短歌が多く登場する漫画では、〈ウイット〉の効いた言い回しとして歌を利用するケースが多いようだ(*2)。
この観測結果を踏まえると、冒頭の仮説は少し修正が要るだろう。
- 〈仮説〉
- 漫画において、短歌が〈ウイット〉の効いた言い回しとして登場する頻度には、制作者が適正だと考える上限値がある。しかし『ショートソング』は、制作者がなんらかの工夫を施すことで、上限値が他の漫画よりも高くなっている。
この仮説が有効か、また有効だとすれば『ショートソング』にはどのようなテクニックが見いだせるのか。次回でそれを検討していこう。