ショートソングはよく歌う<後編>

漫画のなかの短歌を紹介する「漫画をよむと和歌になる?」第5回。前回は物語のなかで〈ウイット〉の効いた言い回しとして登場する短歌を取り上げました。特に短歌の登場回数の多い漫画版『ショートソング』、それを可能にする工夫とは?
(木)
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 漫画のなかに短歌を登場させる際、〈ウイット〉の効いた言い回しとして用いる方法があることを前回確認した。そしてその方法を利用する作品群(*1)のなかで、『ショートソング』(原作:枡野浩一/漫画:小手川ゆあ、集英社)は特に短歌の登場頻度が多いことを述べた。

 その理由について、前回の最後に述べた仮説を軸に検討していこう。

  • 〈仮説〉
    • 漫画において、短歌が〈ウイット〉の効いた言い回しとして登場する頻度には、制作者が適正だと考える上限値がある。しかし『ショートソング』は、制作者がなんらかの工夫を施すことで、上限値が他の漫画よりも高くなっている。
*1 『晶子の反乱 ―天才歌人・与謝野晶子の生涯―』(高橋由佳利、集英社、全1巻)、『サラダ記念日』(原作:俵万智/漫画:いでまゆみ、講談社、全1巻)、『トリアングル』(原作:俵万智/漫画:高見まこ、双葉社、全2巻)

語り部はどんな人

 前回述べた通り〈ウイット〉とは、場に即した言い回しを可能とする才知である。ある語り部が〈ウイット〉の効いた言い回しをするには、物語を横断的に見て、主題をよく理解していなければならない。前回に例として挙げた『銀河鉄道999』『アウターゾーン』の発言者は、ナレーターであったり、メインキャスト達を傍から見ていた人物であった。いずれも語り部が物語を俯瞰できる立場だと明示することで、一連の言い回しが〈ウイット〉から生じるものだとアピールしているのだ。

 もし明示しない場合、つまり、ドラマを真剣に演じているメインキャストが〈ウイット〉の構成要素を満たした台詞を喋ったらどうなるか。そのキャラクターは、自分の境遇を冷静に捉えていてかつ知的な人物に見えるか、あるいは制作者が乗り移って言わせているように見えるだろう。いずれにせよ〈ウイット〉の効いた言い回しが物語に登場すると、読者はそこに物語を俯瞰できる語り部を想定せずにはいられない。

 台本があるかのような上手い言い回しを、芝居がかった台詞と評したりもする。もちろん登場人物の台詞が芝居がかっていても、作品の魅力を損なうとは限らない。しかし『ショートソング』に関しては、主人公の国友はひたむきさに魅力があるキャラクターだ。彼の短歌を登場させるにしても、芝居がかった台詞に見えては人となりにそぐわない。よって『ショートソング』は、国友の詠んだ短歌を、国友が語ったのではないかのように登場させる演出をしている。

小説版の語り部はハッキリわかる

 『ショートソング』ではどのように短歌を登場させているか知るために、まずは原作である小説を見てみよう。

一人きりサーティワンの横で泣き ふるさとにする吉祥寺駅  ――国友克夫

短歌は次々と出来た。涙がこぼれ落ちるみたいに次々と……。

[枡野浩一『ショートソング』(集英社)p.40]

 引用例のように、小説版で登場人物が歌を詠んだときは「歌が出来た」「歌が生まれた」などの説明が添えられる。地の文は主人公の一人称で書かれているため、歌は物語の展開に対してリアルタイムに彼の心に浮かんだものだとわかる。掲出歌は、短歌を詠むことを「涙がこぼれ落ちるみたいに」と喩えることで、感傷を契機に生理現象のように歌が湧き上がってきたと表現する。自身の感情を短歌に詠むには多かれ少なかれ俯瞰的な目線が必要になるものだ。しかしこの場面は、主人公が歌を作るにあたって自らのドラマを俯瞰的に見ようとしていないことを示している。むしろ小説版では、短歌の前後にある一行空けと署名が、歌を引用しつつ目立たせようとする制作者の存在を読者に感じ取らせる(*2)。話のオチに登場する掲出歌は、内容から〈ウイット〉の効いた言い回しとして機能する。しかし〈ウィット〉の持ち主は、短歌を詠んだ主人公ではなく、その背後にいる制作者が引き受けているのだ。

*2 短歌が生まれた時に、自らの名前まで続けて連想することはあまりないはずである。従って署名は引用の証跡となる。他人や自分の歌を心に思い浮かべるときも同じだろう。なお小説版で登場人物がノートに書いた短歌には、一行空けはされても署名は付かない。

漫画版の語り部のあいまいさ

 漫画版では、〈ウイット〉の効いた言い回しをする語り部の素性は小説ほど一様ではない。漫画版に現れる語り部の性質を分類すると、大きく分けて二つのパターンがあるのだ。一つ目は小説版と同じく、短歌の登場に際して「歌が生まれた」と登場人物が述べるケースで、最終的に制作者が語り部を担うパターンだ。漫画版の短歌の書式は、ページの上下を貫く細長いコマに一行書きするというものだ(後述の図1を参照)。コマは珍しい形でよく目立つ。署名もあり、短歌を引用し目立たせようとする語り部の存在を感じさせる。短歌について登場人物が何か述べているとき、この漫画版独自の書式の効果は、小説の一行空けとほぼ同じだ。

 そして二つ目の語り部のパターンは漫画版に固有のものである。小説版で引用した箇所と同じ歌の出てくる場面を見てみよう。

図1.右上が主人公の一人である国友克夫。「瞳さん」は国友が失恋した相手、佐々木瞳のことを指す。なお小説版で掲出歌を詠むのは、サークルの先輩である須之内舞子に失恋した後の場面である。漫画版では端々で物語の構成が変化している。[『ショートソング』原作:枡野浩一/漫画:小手川ゆあ(集英社)第1巻p.192]

 小説版にあった「短歌が出来た」というコメントはどこにも見当たらない。この場合、漫画版の短歌書式は歌を目立たせる他にも別の効果を生む。通常のコマの流れに割り込むような形状と配置は、コマの連続性を極力断とうとしているように見える(*3)。ここから生じるのは、歌が詠まれたタイミングが物語に同期していない可能性だ。それはつまり、時間が経ってから出来た歌を、登場人物(=作歌者)本人が当時を振り返って置いていることを意味する。過去の自分を思い浮かべることは俯瞰的な立場に立つことである。だから未来の登場人物は、自らの短歌を〈ウイット〉の効いた言い回しとして引用することができるのだ。ただし、これはあくまで可能性の話で、小説版と同じく制作者が語り部ということも有り得る。

図2.もう一人の主人公・伊賀寛介(右下)は自信に満ちた性格だったが、恋人に求婚を断られショックを受ける(第14話)。引用した場面は続く第15話の冒頭にあり、〈ウイット〉の効いた言い回しとして話の導入を飾る。漫画版では歌に関する主人公からのコメントはないが、小説版では「そんな歌を、昔々つくった」(p.261)と自作を思い出したことが説明される。[『ショートソング』原作:枡野浩一/漫画:小手川ゆあ(集英社)第2巻p.147]

 漫画版にはこのように、制作者か未来の登場人物かわからず曖昧な状態で語り部が現れる場面を見出せる。それは短歌が独特の書式で表現されているために起こるものだ。だが、いずれにせよ俯瞰的な視点で物語を捉える何者かがいるのは間違いない。そしてまた、その何者かが物語の今現在を生きている主人公である可能性だけは排除されている。これら一連の演出は、登場人物が己の境遇に妙に冷静だったり、芝居がかった台詞を発しているように見えたりするのを防ぐのだ。

*3 例えば、もし直前のコマで国友の独白と歌を併記してしまうと、彼の心に今まさにその歌が浮かんでいるように見えるはずだ。

ドヤ顔が見えない程度の〈ウイット〉とは

 冒頭に挙げた他作品のうち、『サラダ記念日』『トリアングル』では、登場人物が短歌を読むことも詠むこともしない。短歌自体を意識しないのである。よって登場する短歌については、ナレーターに近い立ち位置で制作者が語り部を担っているとわかる。また『晶子の反乱 ―天才歌人・与謝野晶子の生涯―』では晶子自身のナレーションが過去形でなされるため、語り部は回想する未来の晶子本人とわかる。

図3.[『トリアングル』原作:俵万智/漫画:高見まこ(講談社)第1巻p.28]
図4.[『晶子の反乱 ―天才歌人・与謝野晶子の生涯―』高橋由佳利(集英社)p.118]

 対して『ショートソング』漫画版は、〈ウイット〉を持った語り部が、制作者か未来の登場人物か曖昧なことがしばしばある。そしてこの独特の性質を持った語り部の構築こそ、漫画のなかに〈ウイット〉の効いた言い回しとして短歌を多く登場させるテクニックであろう。

 〈ウイット〉の効いた言い回しというものは、やり過ぎると鼻についてしまう。あまり頻繁に語り部が出てきて、上手いことを言ったあとのドヤ顔(*4)が読者の脳裏に浮かぶようなことがあれば台無しである。語り部一人が、場を白けさせずに発することのできる〈ウイット〉の効いた言い回しの回数には上限があるのだ。これは語り部を制作者とする場合でも、未来の登場人物とする場合でも同じだ。

 実は、短歌の登場頻度が『ショートソング』を凌ぐ漫画がある。本連載の第3回でも取り上げた『歌男』(業田良家、集英社)だ。〈全ページ数÷短歌の登場ページ数〉は、『ショートソング』が7.6に対して、『歌男』が5.8である。

図5.一番左が主人公の仙道春樹、その右が恋人の久美子、更に右にいる二人は八百屋の夫婦。直前に「短歌を思いついた」と叫んでから、このコマが続く。歌は、口を開く彼から今まさに発せられていると見て間違いない。奇妙なポーズは、仙道が歌を詠んだときによくやる決めポーズだ。署名表記も、彼の自信満々の性格ゆえに、歌に続いて彼が「署名をした気分で」発声しているように感じさせる。[『歌男』業田良家(集英社)第2巻p.95]

 『歌男』に登場する短歌はほとんどが仙道による即詠である。このシーンも、恋人連れで歩く仙道が〈ウイット〉の効いた言い回しとして短歌を詠もうとした場面だ。また彼は非常に自惚れの強いキャラクターとしても描かれる。したがって、語り部の鼻持ちならない顔が浮かぶような過剰な〈ウィット〉のアピールは、その不快感をキャラクターのあくの強さに還元させるための演出とみなせる。〈ウイット〉の効いた言い回しの本来の目的である興は、必要とされていないのだ。よって例外的に短歌の登場頻度が高くなる。

 『ショートソング』独特の語り部は、単純に言えば、それが誰かという可能性を制作者と未来の登場人物とで半分こにしている。つまり〈ウイット〉の効いた言い回しをする上限回数は、語り部を一人に固定したときより大きく増えるのだ。なお『ショートソング』には二人の主人公(国友と伊賀)がいるため、曖昧な語り部の可能性のうち、未来の登場人物も二人の主人公で分け合っている。これも登場頻度の上限値を増やすことに寄与するのだ。

 『ショートソング』漫画版は、このような方法の採用によって、多くの短歌を〈ウイット〉の効いた言い回しとして登場させても興をそがないと見られる。

*4 《「どや」は「どうだ」の意の関西方言》得意顔のこと。自らの功を誇り「どうだ」と自慢している顔。goo辞書「どや顔」より。

〈ウイット〉はあくまで受け手が認めるもの

 冒頭に述べた仮説の検討結果を最後にまとめておこう。

  • 〈仮説に対する検討結果〉
    • 漫画において、短歌が〈ウイット〉の効いた言い回しとして登場する頻度には、制作者が適正だと考える上限値がある。
      • →〈ウイット〉の効いた言い回しは、一般論としてやり過ぎると語り部のドヤ顔が浮かんでしまい、面白味を減退させる。前回の最後に短歌の用途を〈ウイット〉の効いた言い回しに限定した時点で、上限値が前提にされていたことがわかる。ただしこの上限値は、語り部一人に割り当てられるものである。
    • しかし『ショートソング』は、制作者がなんらかの工夫を施すことで、上限値が他の漫画よりも高くなっている。
      • →『ショートソング』では語り部を曖昧にするテクニックが用いられる。これによって、漫画全体での〈ウイット〉の効いた言い回しの上限値を増やせると、制作者が判断している。

 短歌を〈ウイット〉の効いた言い回しとして登場させる漫画のうち『ショートソング』で歌の登場頻度が高い理由として、仮説は有効だといえる。

 さてしかし、そうして表現された〈ウイット〉の効いた言い回しが、きちんと興を生んでいるか、興をそがない適正な登場頻度であるかの判断は、最終的には読者に委ねられる。なぜなら〈ウイット〉による興は、聞き手が語り手の言葉に機知を認めるとき生まれるものだからだ。

 漫画版『ショートソング』の短歌はきちんと作品の中で調和しているだろうか。実は、私は「スーパージャンプ」での連載時にこの作品を読んでいた。短歌について全く興味がなかった頃である。にもかかわらず、当時の私は十分に『ショートソング』を楽しむことができた。物語の流れに沿ってではあるが、たくさんの短歌を面白く読むという経験をしたのだ。そこには『ショートソング』独自の工夫が、確かに生きていたと言えるだろう。


* 編集部註:文中の各コマは著作権法にて定められた引用の範囲と判断して掲載しております。

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