田中ましろさんへのインタビュー<中編>

(tankaful編集部:光森)田中ましろさんへのインタビュー<中編>の今回は、「うたらば」を続けていくなかで生じた変化と、歌集『かたすみさがし』を上梓したことと投稿者との距離感、そして現在の短歌の世界をどう見るかをお聞きしました。
(水)

*「田中ましろさんへのインタビュー<前編>」より続く

「うたらば」を続けるなかで

光森  「うたらば」を続けるなかで、最初のころと最近とで変わってきた考え方や物事はありますか。

田中  うーん、なんでしょうね。最初は「自分がやりたいから作る」というような、だいぶ軽い気持ちでした。写真はもともと趣味でしたし、高校時代から短い言葉も書いていたので。銀色夏生さんの影響もあって、自分のサイトで写真と言葉をくっつけた作品を公開してたんです。短歌を始めてから、そういった自分のやってきたことを全部ひっくるめたものを作れないかと漠然と考えていました。「写真×短歌」のかたちは、当時はあまり見かけなかったのでそんな切り口の、新しい本ができたらなぁと思っているうちに、「うたらば」を作り出していました。

光森  これまでされてきたことの延長線上に「うたらば」があったわけですね。

田中  そうですね。でも、いざ投稿作品を選び始めてみると、これはなかなか覚悟が必要なことだ、と気づきました。
 僕が選ばなかったがゆえに、世に出ることなく、作者のなかでボツ作品として扱われてしまう作品もあるんですよね。その責任を少しずつ感じるようになって。短歌を選ぶときには、いい作品を見逃すのが怖いので一回では確定しないようにしています。ひと通り見たあと、少し時間をおいてからもう一度見るんですよ。
 一回目では気付けなかったいい歌に二回目で気付くこともあります。個人的にはあくまでも「うたらば」のために選んでいるので選ばれなかった作品もどんどん再利用していただきたいのが本音です。投稿していただいている作品への考え方という意味では、投稿作品を大切にしなければという当たり前の思いがいっそう増しましたね。

光森  先ほど、昔から短い言葉を書かれていたとおっしゃっていましたが、「夜ぷち」に投稿を始めたときよりもかなり前から短歌に興味があったということですよね。

田中  いや、短い言葉は定型ではないので短歌に興味があったというわけではないですね。一番最初の短歌はmixiの日記かブログあたりで詠んだような気がします。
 いずれにせよ、短歌に出会ったのは枡野浩一さんの『ショートソング』です。小手川ゆあさんが描かれていた漫画版を読んで、「なんだこれ、短歌っておもろいな」と思ったのがきっかけ。すでにコピーライターとして働いていたのですが、作品に登場する短歌の面白さはコピーライティングと近いものがあるなと思って、始めてみたわけです。それが2009年。それ以前は短歌がどんなものか知らなかったのですが、mixiの日記でそれまでも書いていた短い言葉に、短歌を添えるようになって。そんなことをしていたらmixiの友達から「短歌サミット2009」の準備を手伝って欲しいという申し出があって、公式サイトを作ったり掲出物を作ったりして短歌の友達が広がっていくなかで「夜ぷち」に出会った感じです。ぺーぺーの僕が「短歌サミット2009」を通して「夜ぷち」常連さんたちの輪にいきなり入り込めたのはラッキーだったかもしれません。

光森  その先の話として、同人誌の「かばん」に入ったのは、いつぐらいでしょうか。

田中  僕の記憶が正しければ入会は、2010年ですね。

光森  どのような理由で「かばん」を選ばれたのでしょうか。

田中  短歌を始めたばかりで結社を全然知らなかったというのもありますが、「短歌サミット2009」の実行委員長をされていた辻井竜一さんの存在が大きいかな。短歌をはじめて半年ぐらいの僕にとっては結社とか同人誌自体が未知のものでしたが、辻井さんを通して「かばん」を知り、さらに穂村弘さんや東直子さんも「かばん」所属だと知り。好きな歌人さんたちが「かばん」との繋がりが深いこともあって、選んだかたちです。

光森  毎月一定の数の歌を提出するのは大変だと思うのですが、入会してみてどうでしたか。

田中  恥ずかしい話なんですが、僕は締切がないと短歌を詠めない人間なんです…。「夜ぷち」に投稿しているときは毎週締切がやって来ましたが、それがなくなったら短歌を詠む機会が減りそうだ、と。入会から今まで一度も欠詠はないのですが、毎月ちゃんと締切が来るということは、モチベーションを保つために重要な役割を果たしています。

光森  お仕事も忙しいのに「うたらば」を編集されていて、加えて、「かばん」の月詠提出や特集の担当を任されたりだとか、いろいろあるわけですよね。田中さんのなかで、短歌を続けるということは、どういう位置づけなんでしょうか。

田中  どうでしょうね。短歌を通じて友達がいっぱいできましたし、関西も関東も関係なく仕事だけでは出会えない人たちともかなり広く人脈が作れたので、それを大切にしなければという思いがあります。短歌をしていなければ絶対に出会えなかった人たちなので。いろんな人と出会える、と言うと安直すぎる答えかもしれないですが、短歌を続けていく理由はそんなところだと思います。

光森  たしかに、短歌で得られる人間関係って、ほかでは得難いですね。

歌集の上梓と、投稿者との距離

光森  田中さんは一昨年、書肆侃侃房さんから歌集『かたすみさがし』を上梓されましたよね。「うたらば」に投稿されている方は結社に入っていない人も多く、歌集を出すことを検討していない人も多いのではないかと思うんです。「かばん」に入られて、歌集を出された田中さんと投稿者さんとがだんだん離れていくような感じもあるのかと思うのですが。

田中  そうですね。もしかすると、新規の投稿者さんが増えるほど僕との距離は離れていってるかもしれないですね。本当はなるべく近い距離にいたいんですが。

光森  必ずしも同じ場所に立つ必要があるとは言えないのですが、離れてしまうのは喜べないですね。

田中  やっぱり最近短歌を始めた皆さんからは遠い存在になっちゃってるのかな、と思うときはあります。僕自身も短歌を始めたころに経験したことですが、自分が短歌を始めるより前に歌集を出された歌人さんたち、たとえば柴田瞳さんや田丸まひるさんなどが、ものすごい遠い人だと感じていたんです。もう、神みたいな人だと。というのも、歌集を出版するという行為について僕には何も実感がなかったので。
 でも、いざ短歌の世界の中に入ってみて活動していくとすぐに会えて、直接お話もできる。そんな「いい意味での狭さ」は、短歌の世界のいいところだと思います。

光森  あこがれの人に直接会える機会は、たしかに短歌ではとても多くありますね。それが、短歌の世界の奥深くに進むきっかけになったり。田中さんが柴田さんや田丸さんに感じておられたことと同じことを、歌集を出された田中さんに感じている人もいるかもしれませんね。

田中  そうなんです。なので僕はいろんなところに顔を出して、歌集を出した人間もこんな普通の人だよ、と思ってもらえる行動がしたいですね。初期の頃から「うたらば」を投稿で支えてくださっている木下さんや嶋田さくらこさん、岡野さんが歌集を出されたのは、投稿活動の先に歌集出版がありえると感じてもらういい事例になったのではと感じています。

光森  歌集を出す・出さない、結社に入る・入らないは、人それぞれであっていいのは当然としても、どんな物事でも「自分にもそうすることができる。その可能性がある」と感じられることは大切ですよね。

現在の短歌の世界をどう見るか

光森  田中さんは、普段からかなり課題意識を持って短歌活動をされているように感じているのですが、現在の短歌の世界についてどう思われますか。

田中  やっぱり、まだ閉鎖的だと思います。たとえば、いくつかある協会の活動がなかなか末端まで見えてこない。短歌を広めるために各組織がやっていることが、それでもやっぱりインナー向けという感じがすごくあって。どうにかならないものかと思いつつも、僕なんかに口出しできることでもないので。思っているだけで、止まっています(笑)

光森  所属している会員自体が重なっていたりするので、仕方がないところもあるかもしれませんが、各組織がはっきりとした個性を持ち、それが短歌全体の多様化に繋がっている、という状況にはまだまだ遠いですよね。どこもが“年間で最もすぐれた歌集”を選ぼうとしますし。

田中  賞を与えること自体は、短歌を詠む人のモチベーションをあげることにつながると思うので悪い話ではないですが、その活動が世間に短歌の面白さを伝えることには直結しないんですよね。出版社系の賞は商業的な側面が見えてしまいますし。その点では決定的な短歌の窓口はまだ存在していないな、と思わざるを得ないです。
 逆に結社はこのところ、ものすごくオープンになってきているなと思っています。たとえば、未来短歌会に黒瀬珂瀾さんの欄と笹公人さんの欄ができたこと。特に笹さんが選者になられたことの意味は大きいですよね。ネットで自分の場をもっておられた方が結社の選者になるというのはすごく思い切った変化。良い成功事例として、他の結社でもやったらいいのになと思ったりします、思い切りが必要ですが。

光森  そうですね。単に選者が若返ったということ以上の意味がありますよね。

田中  塔短歌会も代表が代わって、これからどうなるのかすごく楽しみです。僕自身が結社に入ってるわけではないので、各結社の人からすれば外野から勝手なこと言うなというご意見もあるかもしれませんが(笑)

光森  どこの結社も若い人やより広い人に短歌の魅力を伝えたいと思っているでしょうから。今こそ、えいや!で何でもやってみるいい機会だと思いますね。

田中  この間、鈴掛真さんが短歌人に入られたんですよね。「大阪短歌チョップ」の後にご本人とすこし話したんですが、なんで短歌人を選ばれたのですかと聞くと、天野慶さんと村田馨さんがいらっしゃるという理由で選ばれたそうで。彼は今、ルックスも含めてメディアから注目されている人だと思うんですよね。僕が同じ結社にいて広報を担当していたら会を広めるために彼に協力をお願いしたりする気がします。

光森  ただ、各種協会や結社など、組織単位で何かをしたいとなると、どう提案していいか悩みますよね。

田中  もどかしいと感じている人がいたとしても、結局トップダウンでしか変わらない部分もあるかな。結社などの組織の意思決定をしているのは誰なんだろう、役職とか部署とかあるんだろうか、なんてことも良く分かっていないのですが。

光森  一般的な話として、提案を受け付ける仕組みや手続きを明確にしているほうが組織としては、よりよい風が通って、しっかり育っていくものですよね。今でも成長を続けている結社は、きっとそうなのだと思います。
 いずれにせよ、若手が短歌の世界をどうしたいかを理想をもって挑戦していく。多少の衝突があるぐらいが張り合いもあって、ちょうどいいように思います。そんななかで、短歌の世界の各所が「こちらも何かやったほうがいいのかな」と波及的に変わっていくといいですね。


*「田中ましろさんへのインタビュー<後編>」に続く

記事のカテゴリー:連載記事, うたらばのたられば
たなか・ましろ
1980年生まれ。コピーライター、CMプランナー。2009年、短歌に出会う。「短歌サミット」、「名短」など短歌イベントの企画・運営協力を経て、2010年、短歌×写真のフリーペーパー「うたらば」を創刊。短歌を広める活動に力を入れている。2012年、連作『告げられる冬』で短歌研究新人賞候補作。2013年、「短歌男子」企画・制作。「かばん」所属。
Website うたらば
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