”みそひともじ”は何文字か?<前編>

「試験に出ない短歌の数字」は、数字やグラフを通して短歌の世界を覗いてみよう、という連載です。今回は”短歌は何文字ぐらいなのか?”という素朴な疑問をきっかけに、ルビやカタカナの使用状況について2回に分けてお届けします。”試験に出ない”気楽なものとして読んでいただけると嬉しいです。
(火)
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”いい歌は長い”ということ

 昨年2013年の1月、みぎわ短歌会の新年歌会に歌評担当者として参加する機会をいただきました。そのとき、私と同じく外部歌評担当者として呼ばれた大松達知さんの発言が記憶に残っています。曰く、”いい歌は長い。だから、結社誌の選歌であと何首かを選ばなければならないときには、並んだ歌に定規で横線を引いてその線からはみ出す歌から探す”とのこと。もちろん、これは場をなごませるための冗談で会場は大いに沸いたのですが、”いい歌は長い”という感覚はなんとなく分かる気がします。

 言葉それ自体を変えなくとも、漢字で書いたりひらがなに開いたりすることで歌全体のリズムは変わります。ひらがなで書かれた文字は見た目にやわらかく、漢字と比べるとぱっと見では意味が取りづらいもの。そのため、ゆったりとしたリズムが生まれる傾向にあります。当然、漢字を多く使うことで歌に引き締まった印象とはやいリズムを与えることもできると思いますが、一首をあれこれと推敲するときには漢字をひらがなに開くことの方が多いのではないでしょうか。一定の推敲を経ている可能性がある、ことから「いい歌は長い」という経験則は来ているわけです。

 では、厳しい大松選を生き残るには、一首は何文字以上ならよさそうでしょうか?

”三十一音”と”三十一文字”

 今でも、短歌の形式や短歌自体を指して「三十一文字(みそひともじ)」と呼ぶことがあります。57577の合計が31であるのは誰もが知るところですが、「三十一”音”」ではなく「三十一”文字”」です。どうやら、その呼び方は古今和歌集の仮名序「人の世となりて須佐の雄の尊よりぞ三十もじあまり一もじは詠みける。」(表記は『国歌大観』に拠る)が元となっているようです。なるほど、続く箇所に書かれたこちらの歌

やくもたついづもやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを

は、たしかに31文字です。けれど、漢字混じりに書けば、例えば

八雲立つ出雲八重垣妻籠めに八重垣作るその八重垣を

と書けるでしょうか。7文字減って、いっきに24文字になりました。随分と短い。どうもこれでは、厳しい大松選を生き残るどころか、定規で引かれた大松線(勝手に命名)も越えられないような気が……

 そもそも、”みそひともじ”と言うものの、世の中の短歌はいったい何文字ぐらいなのでしょうか? これは数えて調べるしかなさそう、ですよね。

調べてみよう

角川「短歌」の『短歌年鑑』。その年を振り返る座談会をはじめに、歌人名簿や結社住所録などを収めた分厚い一冊です。「短歌研究」の場合、12月号が短歌年鑑として発行されますが、「短歌」の場合は増刊号として別に発行されます。

 角川短歌1月号増刊『短歌年鑑(平成26年版)』(KADOKAWA:2013年 以下、単に『短歌年鑑』と表記)にデータベースとして「自選作品集」が掲載されています。数えると677人の歌人が5首ずつ歌を寄せていました*1。歌人の選定基準は記されていませんが、総合誌「短歌」に作品が発表された方や結社の代表・選者を中心に構成されているようです。計算すると677人×5首=3,385首もの歌が掲載されていることになりますが、この歌を調べてみれば、一首がどれくらいの長さなのか分かりそうです。

 (3,385首。これは、難儀だな……)と腹の底から思いつつ、その腹をくくって調べました!

*1 同姓同名同一結社で異なる年代区分に掲載されているものがありました。氏名の掲載ミスかと思われるので、そのまま数に含めています。

掲載歌人の分布と新かな遣いの割合

 まずは基本情報として、『短歌年鑑』に掲載された677人の年齢の分布を調べました(グラフ1:青い棒グラフ)。『短歌年鑑』ではすでに、大まかな年代別に掲載されているので、この作業は楽です。ただし、昭和40年以降生まれの歌人が一括りになっていたので、各歌人の生年を調べた上で「昭和40年~昭和49年生まれ」(世代6)と「昭和50年以降生まれ」(世代7)に分離しました。

 また、後々の分析にも関連するので、各歌人が「新かな遣い」か「旧かな遣い」かを調べ*2、各世代ごとの「新かな遣いの割合」を計算しました(グラフ1:橙の折れ線グラフ)。

*2 掲載された5首では特定できない場合、適時、前年度の『短歌年鑑』を参照しました。

グラフ1.クリックすると白黒表示用の大きなグラフを表示します。[データ元:角川短歌1月号増刊『短歌年鑑(平成26年版)』(KADOKAWA:2013年)「自選作品集」]

 世代の区切りが分かりづらいので、イメージしやすいように各世代の歌人を何人かあげるのがよさそうですね(敬称略)。

  • 世代1: 宮英子、岩田正、岡野弘彦 …
  • 世代2: 尾崎左永子、岡井隆、馬場あき子 …
  • 世代3: 奥村晃作、佐佐木幸綱、高野公彦 …
  • 世代4: 永田和宏、小池光、今野寿美 …
  • 世代5: 小島ゆかり、加藤治郎、俵万智 …
  • 世代6: 吉川宏志、大口玲子、斉藤斎藤 …
  • 世代7: 笹公人、黒瀬珂瀾、大森静佳 …

 「世代3(昭和元年~昭和9年生まれ。2013年末時点で69~78歳)」が最も多いことからも分かるように、高齢層を中心に構成されていることが分かります。「世代7」の掲載人数はやや少ないかなと感じますが、グラフ全体ではいわゆる「歌人」と呼ばれる人々の年齢構成を模したものだと考えてよいのかもしれません。

 折れ線グラフ「新かな遣いの割合」も見てみましょう。若手である「世代7」と「世代6」では半数以上が「新かな遣い」ですが、「世代5」で35.1%まで大きく下がり、「世代4」以降は25%付近で横ばいになります。ベテラン層よりも若手のほうが新かな遣いの割合が高いのは想像の通りでしたが、逆にベテラン層でも25%は新かな遣いである、ということは私にとってはかなり意外でした。

 なお、全体平均では、

  • 旧かな遣い…70.5%(477人)
  • 新かな遣い…29.5%(200人)

でしたので、2013年の時点では歌人のおよそ3割が新かな遣い、ということになります。

 例えば、10年後の掲載人数と新かな遣いの割合はどのようになっているのでしょうか? 年齢構成は大きく変わるのでしょうか、新かな遣いは増えるのか。これを調べるのは、私自身の遠い宿題にいたします。

 一方、皆さんにも宿題――すこし考えてみて欲しいこと、があります。

試験に出なくとも、宿題は出る

  • 歌に安易なルビを振ると、歌会できびしく指摘されたりしますよね。では、677人の3,385首を分析した場合、ルビを含む歌はいったい何%ぐらいあるのでしょうか。また、世代やかな遣いによる差はあるのでしょうか。
  • 歌に安易なカタカナ語を用いても、指摘されたりしますよね。では、平均すると一首の中でカタカナは何文字使われているのでしょうか。こちらも、世代による違いはあるのでしょうか。また、漢字やひらがなはどうでしょうか。

 次回は宿題の答え合わせをしつつ、「三十一文字(みそひともじ)」とも呼ばれる短歌が本当は何文字なのか、について答えを出せればと思います。

 ――最後に。数字にとらわれないことは大事です。例えば、同世代のかな遣いの比率がどうであれ、そのことが歌を詠む人々に何かを義務付けたり保証したりするものではありません。ただ、数字を見て”あれ、感覚と違うなぁ”と感じたとき、そこにはきっと大切なものが隠されているように思うのです。

みつもり・ゆうき
1979年兵庫県生まれ。2008年「空の壁紙」50首で第54回角川短歌賞受賞。2010年、第一歌集『鈴を産むひばり』を上梓。翌年、同歌集にて第55回現代歌人協会賞受賞。第二歌集に『うづまき管だより』。沖縄県在住。
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