歌集出版市場と通天閣の折りたたみ方
「短歌研究」と「短歌」の時評
今月発売の「短歌研究」2月号に寄せた短歌時評に、歌集刊行数の推移をまとめたグラフを掲載させていただきました。同様のグラフは「短歌」2月号の田中濯氏の時評「短歌をお金持ちの玩具にしないためにいまできること」にも掲載されていたので、ご覧になった方もおられるかと思います。なぜ今、両誌の時評で同じような着眼の時評が書かれたのか、とても不思議なことだと思います。(もちろん、田中濯氏からグラフを掲載したいというご相談があるまで、互いに時評担当であることも知りませんでした)
自費出版を基本とする短歌の世界において、歌集を出すということをどう考えるのか。それらは各時評に譲るとしまして、今回は歌集刊行の状況について少しこまかく見ていこうと思います。
この36年間に刊行された歌集を積みあげると
グラフ1は、1979年から2014年までの36年間の歌集刊行数をまとめたものです。各年度の短歌研究社の短歌年鑑に掲載されている「歌集歌書総覧」を数えたものになります。たしか、2012年の短歌年鑑が出た時に一度まとめたもので、以降、最新年度分を足しながら更新してきました。
この36年間で、なんと22,832冊の歌集が出たことになります。思わず「なんと」と書きましたが、いまいち実感が湧かない数字ですよね。文庫版もあれば全歌集もあります。ハードカバーもあれば、ソフトカバーもあります。仮に歌集一冊の平均的な厚さを1.8cmとした場合……22,832冊を崩れないように積むと、411メートルもの高さになります。333メートルの東京タワーを遥かにしのぎ、103メートルの通天閣なら4つ分(こちらも、崩れないように積んでください)ということになります。なんと!
ついでに、各歌集が500部ずつ刷られていたと仮定すると……、どれくらいの高さになるのか、計算は皆さまにお任せいたします。
- 36年間の歌集刊行数(1979年~2014年)
- 年平均で634冊。合計22,832冊の歌集が刊行された。
- 36年間で、最も刊行が多かったのは1988年の819冊。
- 2000年以降(ここ15年)で、最も刊行が多かったのは2000年の696冊。
- 36年間で、最も刊行が少なかったのは昨年2014年の452冊(ただし、翌年号に掲載される補遺を含まず)。
大まかな傾向としては、「歌集刊行数」は「歌誌・団体数」と相関関係にあることが分かります。結社誌や同人誌で書きためた歌を一冊の歌集にまとめることを考えると、当然のことだと言えます。歌集の刊行数は、1988年あたりをピークとして右肩下がりとなっていますね。
寄り道になりますが、橙部である「合同歌集」という存在については、いろいろ考えてみる余地がありそうです。「合同歌集」は名の通り、複数の人で一冊の歌集を出すものです。多くは結社の記念事業(あるいは、結社によっては毎年の恒例行事)として刊行されるものです。未来短歌会の合同歌集『
出版社別に見てみると
出版状況をさらに細かく見るために、1995年から2014年の20年間に絞ったうえで、歌集の出版社別で集計してみました。
この20年間で刊行された歌集は11,737冊。そして、一冊でも歌集を発行した出版社は859社ありました(便宜上、「私家版」はまとめて一社としてカウント)。単純計算で、一社あたり約14冊の歌集を出しているということになりますが、実際には11,737冊の歌集のうち、約0.6%にあたる5社で5割、約4%にあたる34社で8割の刊行数を占めていました。
- 20年間の歌集刊行数(1995年~2014年)
- 年平均で587冊。合計11,737冊の歌集が刊行された。
- 刊行に関わった出版社は859社。
- 刊行数11,737冊は、5社で5割、34社で8割が占められる。歌集を専門的に出版する数社の会社と、歌集に限らず幅広く(自費)出版を手がける多くの会社の二極に分かれる。
数ある出版社すべてをグラフ上に表すと大変なことになりますので、ここでは「総合誌を発行している(いた)出版社6社」と、「その他・私家版」の7つに分類しています。どのようなことが読み取れるでしょうか。
まず、2000年の696冊をピークとして、刊行数は右肩下がりとなっています。長期的な不況の影響下にあったことは確かですが、少なくとも2008年のリーマン・ショック前後での大きな差はみられません。不況だけですべてを説明することは、どうやら難しそうです。
また、「短歌新聞社」の解散と「現代短歌社」の創設があったり、KADOKAWAが本格的に歌集出版業に力を入れてきた痕跡が見て取れますが、「総合誌を発行している(いた)出版社6社」による歌集刊行数の合計も、基本的には右肩下がりです。「その他・私家版」だけが減っているというものではないことが分かります。なお、時評にも記しましたが、グラフ上、ひょこっと飛び出して見える2013年の刊行歌集のうち、44冊が現代短歌社による第一歌集文庫です。すでに入手困難な良歌集を手頃な価格で提供する好企画ですが、歌集出版数が増えた!と手放しには、喜べないものです。2014年にも、同文庫の歌集が12冊含まれており、それでもここ36年間の最低刊行数であった、ということになります。
雑誌不況のなか――いやもう「不況」などではなく、構造的な瓦解だと言われていますが――、自費出版の市場規模が右肩下がりであるのは、出版社としては非常に大変な情況だと思われます。正直、グラフを見ているだけで苦しさが伝わってきます。
総合誌を発行している出版社ごとの状況と取り組み
個々の出版社の情況を見てみましょう。図2の積み上げグラフではわかり辛いので、同じデータを折れ線グラフにした、こちらのグラフ3と合わせて御覧ください。
それでは、「総合誌を発行している(いた)出版社6社」と、「その他・私家版」の7分類それぞれについて、状況と主な出来事を見てみたいと思います。
- ■ その他・私家版
- 多くは歌集に限らず広く自費出版行っている出版社と思われる。歌集出したとしても年間に一冊。出すか出さないかである。
- 2004年以降急激な減少を始めるが、明確な要因はわからない。
- 個人情報保護法施行(2005年)後、短歌年鑑などに記載される住所録に変化があったか。なんらかの名簿やリストを頼りにしていた場合、一定の影響があった可能性はある。
- 自費出版を中心に多くの出版を手がけていた新風舎(@Wikipedia)が、民事再生申請(2008年)。特に多かった年としては、2004年には25冊、2005年には37冊、2006年には14冊の歌集を出していた。
- ■ 短歌新聞社:総合誌「短歌現代」(終刊)
- 1997年、1998年ともに163冊もの歌集を出していた。それぞれの年の刊行数の、23.4%、24.3%にあたる。単純計算で毎週3冊の歌集が短歌新聞社から出ていたことになる(短歌新聞社文庫を含む)。
- 以降、会社解散まで基本的には減少傾向であったものの、長く刊行数1位であり続けた。
- 歌集刊行数の全体が減少傾向に入る前から、その傾向が見られ、ひとつの予兆であったと解釈できる。
- ■ ながらみ書房:総合誌「短歌往来」
- 総合誌「短歌往来」は書店での入手が難しいが、歌集の出版数は手堅く推移しており、2014年ではついに刊行数1位となった。
- ■ 現代短歌社:総合誌「現代短歌」
- 解散した短歌新聞社の実質的な後継として、総合誌「現代短歌」と月刊紙「現代短歌新聞」を発行する。
- 既に入手困難となった歌集を復刊させる「第一歌集文庫」の開始や、300首での応募&歌集刊行を賞としたことで話題となった「現代短歌社賞」の創設など、多様な取り組みが見られる。
- 歌集出版にかかる費用をサイトで公開している「現代短歌社:基準の価格」。
- ■ 短歌研究社:総合誌「短歌研究」
- 2004年の79冊から、2011年の37冊へと半数に数を減らしつつも、2014年には49冊に回復。
- 総合誌の購入層や、短歌新人賞の位置づけなどから考えて、KADOKAWAの歌集刊行数増の影響を受けやすいと想像される。
- ■ KADOKAWA:総合誌「短歌」
- 13冊の刊行しかなかった1995年と比べると、飛躍的な増加があり、歌集出版業への注力に明確に梶を切ったことが分かる。
- 「角川短歌叢書」の本格開始にあたる2006年と、「角川平成歌人双書」を開始した2010年後半以降に、大きな飛躍が見られ、2011年・2012年と刊行数1位となる。
- 2014年には「角川短歌叢書」の刊行も数を減らし、大きな落ち込みを見せる。株式会社ドワンゴとの経営統合などで一時的に注力できなかったのか、方針の変更なのかは不明。2015年以降の刊行数に注目したい。
- 近年、過去の刊行歌集をプリントオンデマンド書籍にするサービス「永久出版」を開始。
- 歌集出版にかかる費用をサイトで公開している「角川学芸出版:自費出版のご案内」。
- ■ 本阿弥書店:総合誌「歌壇」
- 他の出版社と比べると絶対数は少ないものの、2000年以降順調に刊行数を伸ばしている点に特徴がある。歌壇賞の応募者数の変遷にも通じる動きであり、興味深い。
各社さまざまな試みを展開していることが分かります。しかし、残念ながら、歌集刊行数全体の増加には繋がっていません。
ご想像の通り、歌集刊行数と同じように、歌集を刊行している出版社数も次のグラフ4に示すように、減少傾向にあります。
1999年の142社から、2014年の69社へと半減しています。減少した出版社の多くは、歌集出版専門ではない出版社のようです。そのため、競争相手が減ったことによって出版競争が大きく楽になるようことはないと考えられます。
傍証として、2014年において、歌集刊行数が多かった順に出版社を並べたグラフを作成してみました(グラフ5)。
2014年にもっとも歌集刊行数が多かったながらみ書房から、5番目の砂子屋書房までで総刊行数の5割、13番目のポトナム社までで総刊行数の8割を占めており、やはり、縮小するパイを少人数で奪い合っている状況であると言えます。
出版社別歌集刊行数を10年間隔で
おまけとして、1994年から2014年の20年間を、前後10年ずつに分けて、同様のグラフを作成してみました(図6,図7)。出版数の順位が大きな意味を持つものではありませんが、登場する出版社の変化に、市場のはげしい移り変わりが感じられます。
通天閣の折りたたみ方
歌集出版市場の厳しい状況について、あれこれと見てきました。自費出版であることや、出版費用のことなど、歌集出版を考えるとどうしても出版を依頼する側(著者側)の視点で考えてしまいます。一度、出版社側の視点で考えてみたかったので、私としてはよい機会となりました。
さて、途中で計算を放り出してしまいましたが、36年間に刊行された22,832冊の歌集が、500部ずつ刷られていると仮定すると――
恐ろしいことに、重ねて205キロメートルの高さになります。
贈答文化をもつ短歌の世界のなかで、この「205キロメートル」は、さまざまな人の家や図書館に切り分けられて、大切に収められているのでしょうか。人によっては、通天閣ほどの高さの歌集が送られていたことでしょう。果たしてどのように折りたためば、通天閣は本棚に入るのでしょうか。
――ご想像は皆さまにお任せいたします。