”みそひともじ”は何文字か?<後編>

数字やグラフを通して短歌の世界を覗いてみる「試験に出ない短歌の数字」。第2回目は前回に続き、”短歌は何文字ぐらいなのか?”という疑問をきっかけに、ルビやカタカナの使用状況について詳しく見ていきます。おまけとして、一首の構成要素に特徴のある歌も紹介しています。
(金)
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 前回の記事では、角川短歌1月号増刊『短歌年鑑(平成26年版)』(KADOKAWA:2013年 以下、単に『短歌年鑑』と表記)を元に、677人の年齢の分布やかな遣いの使用状況について見てみました。後編にあたる今回も、ひたすら集計しています。

ルビを含む歌

 さて、宿題のひとつめ「677人3,385首を分析した場合、ルビを含む歌はいったい何%ぐらいあるのでしょうか。また、世代やかな遣いによる差はあるのでしょうか。」の答え合わせをしましょう。

 調べてみると、3,385首中、ルビを含む歌は14.1%(476首)ありました*1。7.1首あればルビが使用された歌が一首はあるという計算ですので、長さにも依りますが、連作があればまずルビは使われていると考えてよいでしょう。また、かな遣いで分解するとルビを含む歌は、新かな遣いの歌人=10.0%(100首/1,000首、10首に一首)、旧かな遣いの歌人=15.8%(376首/2,385首、6.3首に一首)とはっきりとした違いが出ています。どうやら、旧かな遣いの歌人のほうが、より頻度高くルビを使うようですね。これは興味深い結果です。さらに細かく見るために、かな遣い×世代による分解をしてみたのがグラフ2です。

グラフ2.クリックすると白黒印刷用の大きなグラフを表示します。[データ元:角川短歌1月号増刊『短歌年鑑(平成26年版)』(KADOKAWA:2013年)「自選作品集」]

 グラフを見ると、「新かな遣いよりも旧かな遣いの歌のほうがルビがよく使用されている」というのは、世代を越えて普遍的に当てはまるようです。(また、ベテランになるにしたがって、ルビの使用頻度が高くなるということも、おおまかな傾向としては見て取れるかと思います)

 どうしてこのような差が生じるのでしょうか? 議論の先取りになりますが、一首における漢字の文字数は、かな遣いや世代を通してそれほど大きな差はありません。ですので、ルビの使用率の差は漢字の登場頻度よりも、使われる漢字の質的な差に要因を求められそうです。

 ここからは定性的な話になりますが、『短歌年鑑』の歌を眺めていく限り、旧かな遣いの歌には”ルビを振りたくなるような漢字の使用、あるいは読みの適用”が多いようです。これは例をあげたほうがわかりやすいそうですね。例えば、「(うるは)し」「(ゐや)」「(かな)し」「地震(なゐ)」「(ましら)」「()ふ」などです。それぞれ、ルビを振らないと「うつくし」「れい」「いとし」「じしん」「さる」「おもう」と読まれるのではないか、という思いがルビの増加に繋がっていると考えられます。旧かな遣いと古語や古い呼称とは相性がよく、それがルビの使用頻度の差を生む一因となっているようです。(もちろん、新かな遣いの歌人が「地震」を「ない」と読ませることもありますが、可能性の大小で考えてみてください)

 私自身も旧かな遣いですので、「思ふ(おもふ)」を「()ふ」にして字数を合わせたりします。音数を考えれば「も」とルビを振らなくてもそう読んでくれるんじゃないか、という考えが頭をよぎる一方、そもそも「思ふ(おもふ)」と「()ふ」で字数を調整しようとしていること自体が貧しいなぁ……と反省したりも。こういう迷いが、歌会などで「余計なルビでは?」とつっこまれる隙を生むのでしょうね。

 ルビについては、こんなところにいたしましょう。使用頻度については、まぁこんなものかなと感じましたが、かな遣いによって差がでるということは、数字で見てみないと気が付きませんでした。

*1 文字通り”ルビを含む歌”を数えましたので、一首内の複数の単語にルビが振られていても1カウントです。「傍点」の使用はルビに含めず。

結論:”みそひともじ”は何文字か?

 それでは、宿題のふたつめである「677人3,385首を分析した場合、一首のなかにひらがな・漢字・カタカナは何文字使われているのでしょうか。」の答え合わせをしつつ、本題である「みそひともじは何文字か?」について考えてみましょう。

 677人3,385首の88,919文字をせっせとひらがな・漢字・カタカナ・その他(英数字、空白文字、括弧などの記号類)に分類したのがこちらのグラフ3です*2。もはや「せっせ」という言葉でカバーできる作業ではないのですが、やると決めたら途中でやめられない性分です。集計結果をいろいろな角度で眺めてみましたが、かな遣いによる大きな違いは見受けられませんでしたので、各世代の平均と3,385首全体の平均という軸でグラフ化しています。

グラフ3.クリックすると白黒印刷用の大きなグラフを表示します。[データ元:角川短歌1月号増刊『短歌年鑑(平成26年版)』(KADOKAWA:2013年)「自選作品集」]

 まずは、右端の棒グラフである「3,385首全体の平均」を見てみましょう。どうやら、

  • 一首の長さ26.3文字、ひらがな15.8文字(60.2%)、漢字9.0文字(43.2%)、カタカナ1.2文字(4.5%)、その他0.3文字(1.1%:約3首に1文字)

というのが現在の短歌の”標準体型”と言えそうです。

 数字ばかり眺めていても実感が湧きませんので、この短歌の”標準体型”に近い歌を探してみました。……が、一首の中でカタカナは1文字(≒1.2文字)だけ、という条件が厳しく、残念ながらぴったりした歌は見つけられませんでした。『短歌年鑑』以外からの引用で、少し前の歌も含まれていますが、例えばこちらの3首が”標準体型”に近い歌です。

  • あおあおと躰を分解する風よ千年前わたしはライ麦だった  大滝和子『銀河を産んだように』
    全体:26文字、かな:16文字、漢字:8文字、カナ:2文字
  • レジ袋いりませんってつぶやいて今日の役目を終えた声帯  木下龍也『つむじ風、ここにあります』
    全体:26文字、かな:16文字、漢字:8文字、カナ:2文字
  • 生没年不詳の人のごとく坐しパン食みてをり海をながめて  大塚寅彦『空とぶ女友達』
    全体:26文字、かな:15文字、漢字:9文字、カナ:2文字

 まさかこれらの歌も、このような文脈で引かれるとは考えてもみなかったと思いますが、短歌の”標準体型”と言われてみれば(そうかもしれないなぁ)という感じでしょうか。ささやかなアクセントのように使用されたカタカナの「ライ」「レジ」「パン」が不思議と印象に残りますね。

 グラフに戻りまして、次は世代別に見てみましょう。最若手である「世代7」については、集計対象が21歌人105首しかありませんので、ややイレギュラーな結果となりやすいのかもしれませんが、次のようなことが言えるでしょうか。

  • ベテランから若手にかけて、一首の構成要素はひらがな+1、漢字-1、カタカナ+1と変化する。その結果、一首の長さはベテランよりも若手の方がおよそ1文字長い。

 この差をどう見るかは人によって異なるでしょう。私自身は、”世代が若くなるにつれて、ひらがな・カタカナの使用が増えて歌が長くなる”という傾向にはおもしろいと思いつつも、全体平均と比べれば微々たる差であるように感じました。少なくとも、例えばある一首が提示されたときに「カタカナが多いからこれは若者の歌だ」と構成要素だけで判断できるような差はないと思っています。

 さて、長々と見てきましたが、「大松線(参照:前回の記事)」はおそらくは26文字か27文字あたりで引かれていると想像します。ちょっとした冗談であった「大松線」に拘っているのは、もはや私だけかもしれませんが、調べてみてすっきりしました。そして、短歌について”三十一文字”と言うときには、「まぁ、実際には”二十六.三文字”ぐらいなんですけどね」と、ちょっぴり自慢気に言うこともできるようになりました。

 なお、前回と今回の記事でグラフの作成に用いた集計結果は、Google Spreadsheetで公開しています。また、各グラフをクリックすると白黒表示でも読み取りやすい大きな図で表示されますので、細かく見てみたい方はご利用ください。

*2 以下のルールのもとで集計いたしました。
  • ・長音記号は状況に応じて、ひらがな・カタカナとして集計。(例:「めーとる」ならひらがな「メートル」ならカタカナ)
  • ・あくまでも原稿用紙やテキストエディタでの見た目上の長さ(および、いかにして大松線を越えるかという企画の趣旨)を重視し、半角英数字などの半角文字は0.5文字として集計。縦中横で組まれた数字などはまとめて1文字として集計。
  • ・「五ヶ月」などの小書きの「ヶ」は漢字として集計。
  • ・一般的に分かち書きの歌を便宜上一行で表記する場合に用いる「/」は記号類として「その他」に集計。
  • ・一首が分かれてページの天付き、地付きで表記される石井辰彦作品については、文字数という概念では集計できないが、本記事では便宜上「上下が一文字の空白で区切られる」状態が最短の長さであると判断し、その形式で集計。

数字と歌と

 さて、2回に分けてお送りした「”みそひともじ”は何文字か?」。いかがだったでしょうか。数字によってはじめて分かることもあれば、数字では分からないこともあるかと思います。

 例えば、次の2首において、それぞれの歌で使われている漢字の数は同じ12文字です。

  • ジオラマのなかにちいさき遊園地未来永劫死亡事故無し  内山晶太『窓、その他』
  • 矢車の花咲く苑を歩み来て君の心に棲む人を問ふ  栗木京子『水惑星』

 1首目では、初句二句では全く用いられなかった漢字が、以降にどどどっと押し寄せる点に迫力があります。一方、2首目では、「~咲く苑を歩み来て君の心に棲む人を問ふ」と、漢字とひらがなが一字ずつ交互に続きますが、そこに抑えられない鼓動の強さや、心理的なたどたどしさの視覚的な反映を読み取ってもよいでしょう。後者の方が全体の文字数が短いため、一首における漢字の占める割合は、前者より高いです。しかし、両者の印象は随分異なりますね。このようなことは、やはり数字だけでは説明できません。

 平均的な一首の長さや構成要素をどう利用するかは人ぞれぞれだと思います。今回の記事が「じゃあ、できるだけ長い歌を詠んでみようか」だとか「試しに漢字ばかりの歌を詠んでみようか」など、普段使わない短歌の筋肉をストレッチするきっかけになれば、とても嬉しく思います。

 ストレッチの参考になるよう、おまけとして一首の構成要素に特徴のある歌をいくつか引いて「”みそひともじ”は何文字か?」を締めくくりたいと思います。

漢字100%

  • 同時多発人間蒸発都市蒸発砂漠蒸発神蒸発  渡辺松男『自転車の籠の豚』
  • 白日下変電所森閑碍子無数縦走横結点々虚実  加藤克巳『球体』
  • 秋田県雄勝郡羽後町西馬音内老若男女一会盂蘭盆  今野寿美『鳥彦』

 歌集で出くわすと、漢文の白文や万葉仮名に出くわしたような絶望感がある歌です。読み手が受ける衝撃とは逆に、案外、作者は楽しんで詠んでいるのかもしれませんね。

カタカナと漢字だけ

  • 昨日カラチヤウド千年後ノ昔バナシノナカニアナタハヰマス  西田政史『ストロベリー・カレンダー』
  • 茜サスムラサキノソノムラキモノパーツパーツニ番号ハアレ  加藤治郎『ニュー・エクリプス』
  • 清水ヘ祇園ヲヨギルクチヅケヲシタクナルカラコッチヲムクナ  イソカツミ『カツミズリズム』

 1首目と2首目は、古い漫画の台詞の書き方や機械音声を思わせる、どこか時代がずれたような印象が残る歌です。カタカナの使用が印象深い西田政史『ストロベリー・カレンダー』はこちらで読むことができますので、ご興味があれば是非(特に、連作「えばーぐりーん」は今でも強い衝撃を受けます)。3首目は、こころの声であることを強調した表現でしょうか。カタカナの持つ尖った印象に対して、内容は随分と甘やかで、その差がとても魅力的です。さらに、作者名と歌集名までカタカナ一色ですので、気持ちいいもの(?)があります。

ひらがな100%

  • ほんのりとさびしいひるはあめなめてややあほらしくなりますように  斉藤斎藤『渡辺のわたし』
  • ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ  中澤系『uta 0001.txt』
  • うすむらさきずっとみていたらそのようなおんなのひとになれるかもしれない  今橋愛『O脚の膝』

 ひらがなだけの歌は結構あるようで、実際には空白が開けられているものが多くありましたが、今回はまじりっけなしの”ひらがな100%”を選びました。ひらがなが続くことで、区切れや意味がつかみづらくなり、その結果読む速度がゆっくりになります。1首目は「ほんのり」「あほらしく」という言葉の選択が、ひらがなの中で十全に発揮されています。2首目の怖さや、3首目の信心めいた思い込みも、ひらがな書きならではですね。

ひらがな97%に漢字1文字

  • ゆめにあふひとのまなじりわたくしがゆめよりほかの何であらうか  紀野恵『さやと戦げる玉の緒の』
  • おもうからあるのだそこにわたくしはいないいないばあこれが顔だよ  望月裕二郎『あそこ』
  • ひだりてからみぎてににもつもちかえてまたあるきだすときの優しさ  村木道彦『天唇』

 ある種の”型”として意外とよく見かける歌のつくりかもしれません。ひらがな書きののっぺりとした印象を、漢字一字できゅっとまとめようとする力学が働くのか、結句付近に漢字が来ることが多い印象があります。1首目は、ひらがなで書かれた「ゆめ」と、漢字で書かれた(ゆめ以外のものである)「何」の対比が印象的です。2首目の、顔がぬっと突き出すような印象は、やはり漢字で書いたことによって生じたものでしょう。3首目では、持ち替えても荷物の重さ自体は変わらないわけで、決して消え去りはしない現実のあり方が、「やさしさ」ではなく「優しさ」という表記を選択させたように思います。「ひらがな100%」か「ひらがな97%に漢字1文字」か。両者は簡単に変換可能なようで、表現の意図には大きな違いがありそうです。

みつもり・ゆうき
1979年兵庫県生まれ。2008年「空の壁紙」50首で第54回角川短歌賞受賞。2010年、第一歌集『鈴を産むひばり』を上梓。翌年、同歌集にて第55回現代歌人協会賞受賞。第二歌集に『うづまき管だより』。沖縄県在住。
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